宇宙 No.1 アイドルとは何だったのか
この記事は ラブライブ! Advent Calendar 2017 の 16 日目の記事です。1 週間も遅刻してしまい大変申し訳ありません。
昔、後輩に「 結局2期の『宇宙 No.1 アイドル』の話よくわかんなかったんすけど、アレなんなんすか 」と質問を受けたことがあり、そのときに「いや、一見よくわからないけれどもアレはめっちゃ重要な話なんだよ」という回答をしたことを思い出したので、この記事ではその話をする。
* * *
矢澤にこに関しては語らなければならないことが色々ある。
以前、ラブライブ!無印に関しては信頼の塊である某氏が「 矢澤さんを推すって『重い』よね 」と仰っていたことをよく覚えているが、実際そのとおりだと思う。
今までも、そしてたぶんこれからも、あれほどまでにスクールアイドルが好きで、そして自身も最高のスクールアイドルであることにこだわり続けたスクールアイドルはいないだろう。
矢澤にこはブレない。
仮に何千回何万回世界線が巡ろうとも、そのすべての世界線で矢澤にこはスクールアイドルをやるだろう。
高坂穂乃果が「廃校を救うためにスクールアイドルになる」というアイデアを思いつかない世界線もあるかもしれない。
絢瀬絵里が「やりたいこと」に気づくことができないまま卒業してしまう世界線もあるかもしれない。
南ことりが結局ラブライブ!本選を諦めて海外に飛び立つ世界線もあるかもしれない。
園田海未がミニスカートを一生履かないまま終わる世界線もあるかもしれない。
星空凛が子供時代からのコンプレックスをくすぶらせたまま生きる世界線もあるかもしれない。
西木野真姫が「アイドルの楽曲なんて俗っぽい」という考えを曲げずに終わる世界線もあるかもしれない。
東條希が「本当の望み」を誰にも伝えられないままでいる世界線もあるかもしれない。
小泉花陽がその憧れを胸の中にしまいこんだまま、いちアイドルファンで終わる世界線もあるかもしれない。
しかし、矢澤にこは、矢澤にこだけはスクールアイドルを諦めないだろう。 *1
宇宙 No.1 アイドル
ラブライブ! 2 期第 4 話「宇宙 No.1 アイドル」のあらすじを紹介する。
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このエピソードは、ラブライブ!本選出場が決まったにも関わらず、練習に参加せず早退したにこを 8 人が追いかけるところから始まる。 *2 *3
練習を欠席した理由を問い詰めるべく、アキバの街中を逃げるにこをコミカルに追いかける 8 人だったが、アキバの地理を熟知したにこの逃げ足は早く、すぐに逃げられてしまう。
「にこちゃん、意地っ張りで相談とかほとんどしないから・・・」
悩む 8 人の目の前に偶然現れたのは、矢澤にこの妹のこころ( CV.徳井青空 )だった。
そんな 8 人のことを矢澤こころは「 スーパーアイドル・矢澤にこのバックダンサー『 μ's 』 」だと言う。 その様子から、8 人はにこが自身のスクールアイドル活動について、家族にどのように説明しているのかを察するのだった。
ここで注目したいのは、このお話の時点で 8 人は矢澤にこの私生活についてほぼ何も知らなかったということだ。 1 年生の頃からずっとお互いの存在を見知っていたはずの希と絵里でさえも、にこに妹がいることを知らなかったと言っている。
本筋からは離れるが、絢瀬絵里や園田海未が矢澤にこに対し怒りの感情を露わにしているのも興味深い。 自身のスクールアイドル活動に一定のプライドや自信を持っていなければ、こころの物言いに怒りを感じることもないだろう。 つまり、元々ノリ気でなかったこの 2 人も、気づけばアイ活にどっぷりハマっていることが暗に伝わる描写だと思う。
閑話休題。8 人のことを「バックダンサー」だと説明していたことについて、にこはこう語る。
「家では元からそういうことになっているの」
「私の家で私がどう言おうが勝手でしょ」
そんなにこに希は理解を示す。
「たぶん、元からスーパーアイドルだったってことやろな」
「にこっちが一年の時から、あの家ではずっとスーパーアイドルのまま・・・」
花陽もにこと同じアイドル好きの立場からにこの心情を語る。
「本当にアイドルでいたかったんだよ」
「わたしもずっと憧れていたから、わかるんだ」
にこが 1 年の頃、ひとりでスクールアイドルを続ける様子を見ていた絵里もこう続ける。
「あの時、話しかけていれば・・・」
* * *
もしこれが普通の物語ならば、このあとどのような解決を試みるだろうか。
にこがスーパーアイドルだと信じているこころ、ここあ、小太郎の 3 人を μ's のライブに招待し、現実に気づいてもらう方法もあるだろう。 にこ自身が自らの口から「嘘をついてごめんね」と謝るのも、そんなに悪くない結末のように思える。 何せ、μ's にはラブライブ!の本選に出場するほどの実力があるのだから、にこの妹弟たちだって彼女たちのライブを見れば納得し、賞賛するだろう。
しかし、この物語はラブライブ!の文法の上にある。 このエピソードの終盤で描かれるのは、誰ひとりとして登場人物を傷つけずにこのわだかまりを収束に導くウルトラ C だった。
それは、絵里と希がお手製で用意した衣装で、スーパーアイドル矢澤にこの最後のライブをこころたち 3 人に見せてあげること。 そのステージの上で、アイドルとしての矢澤にこ自身が μ's の一員になる と宣言すること。
わたしが、ラブライブ!シリーズ全体の中でもこの回を未だにずっと好きでいるのは、このエピソードが示す回答がひたすらに "優しい" からだ。 8 人がにことその妹弟に示した回答は、いろんなものを同時に救っている。
ひとつは、μ's 結成以後も嘘をつき続けなければならなかった矢澤にこ本人の悲しみ。
ひとつは、1 年の頃、にこに手を差し伸べることのできなかった絵里と希の後悔。
ひとつは、スーパーアイドルでもあり最高の姉でもある矢澤にこに寄せられた幼い妹弟たちの信頼。
そして、まだ真の意味で 9 人のユニットになりきれていなかった μ's そのもの 。
「いま、扉の向こうには、あなたのライブを心待ちにしている最高のファンがいるわ」
「さあ、みんな待ってるわよ」
「でも違ったの。これからは、もっと新しい自分に変わっていきたい」
「この 9 人でいるときがいちばん輝けるの。ひとりでいるときよりもずっと、ずっと・・・」
「だから、これはわたしがひとりで歌う、最後の曲」
常識的な物差しで測るならば、いきなり学校の屋上ににこたち 4 人のためにあれほど豪華なステージを作るなんて、絶対に無理に決まっている。 あのステージを作り上げるのにいくらお金が必要だろうか? 学校の許可は? 省略された期間に誰がどれだけの時間を掛けて準備をしたのか? しかし、ラブライブ!という枠組みの中では、そんな指摘は一切無意味だ。
ラブライブ!ならば、起承転結の「承」がない飛躍したプロットもアニメーションの上で違和感なく実現できる。 なぜなら、ラブライブ!とは、点と点の間を描かずとも、本質的な結論に容赦なくジャンプすることができる特殊な文法を持ったシリーズ だからだ。
先に書いたように、こころたちに真実を告げることもできただろう。 でも、この物語はそれをしない。 宇宙でいちばん優しい嘘で、矢澤にこ本人を含めいろんなものを救ってくれた ことが、わたしはリアルタイムで視聴したときどうしようもなく嬉しかった。
無印ラブライブ!のアニメシリーズを俯瞰したとき、矢澤にこの加入タイミングは 1 期 5 話の「にこ襲来」であると解されることも多いだろう。 しかし、矢澤にこが本当の意味で μ's の一員になることができたのは、この「宇宙 No.1 アイドル」のエピソードがあったからだと信じている。
The School Idol Movie
矢澤にこをフィーチャーするのであれば、「劇場版ラブライブ! The School Idol Movie」にも触れておきたい。
TSIM *4 の公開当時盛んに語られていたことだが、9 人が SUNNY DAY SONG のライブ当日、会場に向かうシーンの中にこんな会話がある。
希「誰も遅刻しなかったみたいやね」
真姫「まだひとり分からないわよ?」
絵里「いいえ、きっと誰よりも早く待ってるんじゃないかしら」
穂乃果「あっ、にこちゃんいた!」
にこ「おそーい!」
花陽「にこちゃん、ずっとひとりで・・・」
語るのも野暮かもしれないが、ここでにこが誰よりも早く待っているという描写は、にこが誰よりも早くスクールアイドルを始め、ずっと 8 人のことを待っていた ことを暗喩しているようにも思われる。 にこがあの場所で最初から待っていると絵里と希が信じていたのは、1 年生の頃の彼女の姿を知っていたからに違いない。
TSIM からもうひとつ引用したい。
最後のライブで μ's の活動を終わりにすることについて、矢澤にこだけが幾度となく晴れない顔をしている描写がある。
「真姫の言うとおりよ」
「ちゃんと終わらせるって決めたんなら、終わらせないと。違う?」
人一倍アイドルのことが好きで、アイドルに憧れ続けたにこだからこそ、μ's を終わりにすることについて誰よりもこだわっていたし、どこか納得しきれない気持ちを抱えていたのかもしれない。 そんなにこが、最後の最後、SUNNY DAY SONG のライブ会場に向かう道中でやっと笑顔になるシーンは見逃せない。
μ's として決めたことも諦めないし、スクールアイドルというシーンを盛り上げることも諦めない。 それが両立するライブにたどりつくことができたからこそ、にこのこの晴れ晴れとした表情があるのかもしれない。
映画の最終盤では、神々しい衣装を身に着けた 9 人の「 僕たちはひとつの光 」が披露される。 μ's の物語におけるこのライブの位置付けは、正直言って、現実のものとも妄想のものとも判別がつかない何とも微妙な場所にある。 *5 そんな「僕たちはひとつの光」の中に、本質 of 本質とも言えるフレーズが存在するので、それを紹介することでこの記事の締めとしたい。
こんなにも心がひとつになる
世界を見つけた 喜び (ともに)
歌おう 最後まで (僕たちはひとつ)
矢澤にこにとって、ひとりでスクールアイドルをやっていた 1 年生の当時、 "世界" とは辛く寂しいものだったに違いない。 日々の辛さや寂しさに負けずに、家族のことを支える "よいお姉ちゃん" で居続けるためには、自身がスーパーアイドルであると嘘をつくのも仕方のないことだっただろう。
μ's はそんな矢澤にこの過去を否定せず、その個性もまるごと認めた上で輝くことを許してくれる場所だった。 だから、ここで歌われている "世界" とは、μ's を通して矢澤にこが再発見した、スクールアイドルとして輝けるキラキラした日々 のことだと考えている。
* * *
最後になるが、もし手元に「The School Idol Movie」のブルーレイ、あるいは DVD をお持ちなら、是非それをプレイヤーにセットしてほしい。 そして、気合いを入れて「僕たちはひとつの光」のシーンまで再生してほしい。 "こんなにも心がひとつになる" というフレーズが歌われた直後の矢澤にこの表情を見てほしい。
あえて画像の引用はしないが、アニメーションのキャラクターの表情ひとつにこれほどまでに心を動かされることは、きっとこれまでも、これからもないだろうと思っている。
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わたしからは以上です。お読みいただきありがとうございました。