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ラブライブ!サンシャイン!!における「想像力の飛躍」

はじめに

tondol(筆者)が沼津に移住した当初、「なぜ移住したのか?」と人から訊かれることが多かったのだが、斜に構えていたわたしは当時その度に「ラブライブ!サンシャイン!!がきっかけではあるが、それだけではなく土地の良さがあったから」のように答えていた。

ただ、それ自体は嘘じゃないものの、質問する側はたぶんもう少しシンプルな答えを期待しているのだろうと思い、最近はもう素直に「ラブライブ!サンシャイン!!が好きすぎて移住した」と答えるようにしている。

そういうわけで、ラブライブ!サンシャイン!!というのは悪しく言えば「わたしの人生を捻じ曲げてしまったコンテンツ」となるのだが、そうなると「なぜそこまで好きになったのか?」ということが自分の中でも気になってくる。

はっきりとコンテンツにハマるきっかけとなったのは当時リアルタイムで視聴していたTVアニメとキャストによるナンバリングライブだと思うのだが、結局コンテンツの何が好きなのかというところはこれまでのところあまり言語化できていなかった。

そこで今回は、自分なりに考えを巡らせ見出した魅力のひとつを「想像力の飛躍」と呼称し、またTVアニメの2期第10話「シャイニーを探して」や「HAPPY PARTY TRAIN」のMVを例に挙げつつ、その『想像力の飛躍』についての説明を試みたい。

TVアニメ2期 第10話 シャイニーを探して

この回のあらすじを簡単に紹介する。

なお、基本的にはラブライブ!サンシャイン!!のアニメシリーズをひと通り履修済みの体で書いていくため、未視聴でなおかつネタバレを気にする人は今すぐ回れ右されたい。

ラブライブ!サンシャイン!! TVアニメ2期 #10 シャイニーを探して より
*以降クレジットのないキャプチャは同エピソードのもの

OP前のアバンでは幼少期の鞠莉・果南・ダイヤの3人が伊豆パノラマパークの展望台で空に星を探そうとする様子が描かれる。しかし、天気は生憎の曇り。しまいには雨も降り出す中、泣き出しそうになる鞠莉・ダイヤに対し、果南は「泣かないで」と星座早見盤に大きく星を描き込むことで励ますのだった。その頃から、鞠莉の願いは変わらない。「ずっと一緒にいられますように――」

Aqoursの9人は冬休み中の学校に集合。パフォーマンスのコーチをしに函館からやってきたSaint Snowの2人に、既に浦の星女学院の廃校が決まってしまったことと、学校の名前を歴史に残すためにもラブライブ!で必ず優勝しなければならないという事情を打ち明けるのだった。

一方、三年生は卒業後の進路を決める時期。鞠莉は廃校後に合流する学校の理事長を打診されるもその誘いを断り、イタリアの大学に進学することを伝える。千歌は、3年生がそれぞれの進路に進む未来を想像しつつも「ラブライブ!優勝まで今後のAqoursについて考えることはやめる」と決めたのだった。

いつものように淡島のトンネルに集まった3年生の3人はそれぞれの進路について伝え合う。鞠莉は前述の通りイタリア。ダイヤは東京で進学。果南はダイビングライセンス取得のため海外へ。

「卒業したら3人バラバラ――」
「ここには誰も残らず、簡単に会えないことになりますわね」
「一応言っておこうと思って」

3人は厳しかった小原家の両親の目をかいくぐり、淡島から鞠莉を連れ出した幼少期のことを回想する。アバンの星を探すシーンも、実は果南とダイヤが鞠莉を家から連れ出したとある1日のことだった。

「おかげであれからすごく厳しくなりましたもの」
「抜け出せないように鞠莉の部屋が2階になって」
「次は3階ですわよね」
「それでもだめだって4階になって」
「最後は最上階」

この場面で流れるのは、メンバー同士の関係性の深さが描かれる際にこれまでもエピソードを彩ってきた劇伴、加藤達也による「FRIENDSHIP」だ。

「2人が外に連れ出してくれなかったら、わたしはまだひとつも知らないままだった」
「あの日から3人いれば何でもできるって、今の気持ちがあれば大丈夫だって、そう思えた」

しかし、素直な気持ちを告白する鞠莉を裏切るかのように降り出す雨。

「もしかしたら神様が願いを叶えさせたくないのかもしれませんわね」
「3人が一緒にいられないように?」
「そんな心の狭い神様ならカンドーです!」

本物の星が見られなかったあの日のことを思い出しながら、果南は鞠莉とダイヤにこう切り出す。

「これで、終わりでいいの? このまま、あのときと同じで流れ星にお祈りできなくてもいいの?」
「それに、今はもう3人じゃない」
「探しに行こうよ、私たちだけの星を!」

場面が変わり、お年玉を探し求めて十千万旅館の広い建物の中を奔走する千歌。そんな千歌への高海家からのお年玉とは、一家総出でラブライブ!を全力でバックアップすることだった――という様子がコミカルに描かれつつ、千歌の元に鞠莉を除くAqoursメンバーが全員集合。

さらには実は自動車免許を持っていた鞠莉の運転するワーゲンバスが現れ、夜のドライブに誘い出す。9人が乗り込むと、曇天のなかでも星が見えるであろう何処かに向かってワーゲンバスは走り出す。

車が動き出すと同時に流れる劇伴は「起こそうキセキを!」。2期のメインテーマとなる劇伴が、このシーンが何かしらの重要な意味を持っていることを示す。

雲の隙間からわずかに見えた星を求めてワーゲンバスは方向転換し、さらに空へと近づくために山道を登り始める。そんなワーゲンバスのタイヤは、いつしかアスファルトを離れて星の輝く雲の上へと浮かび上がる――

しかし現実は、ワーゲンバスがたどり着いた山の上の天候は雨。

「何をお祈りするつもりだった?」
「決まってるよ」
「ずっと一緒にいられますように?」
「これから離れ離れになるのに?」
「だからだよ。だからお祈りしておくの。いつか必ず、また一緒になれるようにって」

「でも――無理なのかな」
「なれるよ!絶対一緒になれるって信じてる」
「この雨だって、全部流れ落ちたら必ず星が見えるよ」
「だから晴れるまで、もっと、もっと遊ぼう!」

千歌が空に向かって思い出の星座早見盤をかざすと、残りの8人も言葉を交わすまでもなく手を添える。それに呼応してか、雲は隠れ、星空が頭上に広がっていく。星空観察を楽しんだ9人がワーゲンバスで夜を明かす中、思い出の星座早見盤には8個の新しい星が描き加えられていた。

「見つかりますように。」
「輝きが、わたしたちだけの輝きが、見つかりますように――」

空を飛ぶワーゲンバス

ここからの解説は野暮といえば野暮なのだが、わたしが伝えたい「想像力の飛躍」とはまさにこの、ワーゲンバスが空を飛ぶ瞬間のことだ。

以前も書いたように、ラブライブ!とは「点と点の間に線を引かずとも、容赦なく本質的な結論にジャンプできる、特殊な文法を持ったシリーズ」だ。当然、ここでもワーゲンバスが飛ぶ理由なんてものは説明されない。なぜワーゲンバスは空を飛ぶのか? なぜ現実ではない光景がわざわざインサートされたのか? その質問には自分で回答する必要がある。

結論に行く前に、同じように空を飛ぶ乗り物が描かれた例を紹介したい。2ndシングル「HAPPY PARTY TRAIN」のMVだ。

Aqours 3rdSingle「HAPPY PARTY TRAIN」Full より
*以降クレジットのないキャプチャは同MVのもの

楽曲でセンターを務める果南は、何らかの用事があって電車で出かけており、帰ってきた果南を他の8人が出迎える、というのが現実軸での出来事。一方、空想軸での果南はSLの運転手となり、自身も他の8人も幼少期の姿となって空を駆け巡る。

この果南が何をするために出かけたのかはMV中には描かれていないが、憂いのある様子や秋という季節感からしても、おそらく進路関係の用事のためだったのではないかと思っている。卒業後に進学する予定の大学の入試説明会があったのかもしれないし、留学のための何かしらの手続きがあったのかもしれない。

そうであるとするのならば、この世界線においても、果南は空を飛ぶSLのように他の8人と一緒に過ごし続けることはできず、次の春には離れ離れになる未来が待っているということになる。

ここまで来ると、どうやら「シャイニーを探して」と同じようなシチュエーションだと感じられないだろうか?

わたしは、これらの空を飛ぶ乗り物と、そこに乗り込んでいるAqoursメンバーに同種のものを見出している。

端的に言うなら、一度繋がった関係性と想いは、物理的に離れ離れになったくらいではなくなったりはしないということだ。このことを別作品の概念から借用するならば、「永遠じゃねえ、ムゲンだよ。」と表現することもできる。

現実のAqoursメンバーたちが離れ離れになって、それぞれの道を歩みだしたとしても、鞠莉が運転するワーゲンバスも、果南が運転する銀河鉄道も、変わらず想像の空の中を駆け巡り続けている。なぜなら、9人が9人のことを思い続けているから。楽しかった思い出がずっと心の中にあるから。

これはもはや、9人のいる場所が日本なのか海外なのかとか、連絡をこまめに取り合っているのかどうかとか、そういった些細なこととは関係がない。逆に言えば、それぞれの心の中でワーゲンバスが星空の下を飛び続けているのなら、9人は精神のレイヤーでいつまでも繋がっている。そういう類の話だと思っている。

野暮ついでにもうひとつ付け加えるなら、空を飛ぶワーゲンバスの描写のなかで、ほんの数秒だけ車の中にいる人の影が描かれるカットがあるが、この影はどうやら9人ではなく、着席位置からして鞠莉・果南・ダイヤの3人だけに見える。

ラブライブ!サンシャイン!! TVアニメ2期 #10 シャイニーを探して より

3人だけのカットが挿入された理由をうまく言葉で表現することは難しいが、言ってしまえば鞠莉・果南・ダイヤのわがままなのだろうと思う。

いまは3人だけではなく9人のAqoursなのだから、夜のドライブで星を探しに行くなら9人で行きたい。でも、星を見ることができなかった幼少期の3人の約束を果たすためには、3人だけが乗り込んだワーゲンバスも同時にこの空の上に存在していてほしいというわがままだ。

――というようなことを、わたしは勝手にこの空を飛ぶワーゲンバスに見出しているのだが、これを読まれた方は同意するだろうか? まったく別の意見を持っているだろうか?

幼少期の姿が意味するもの

HAPPY PARTY TRAIN」のMVでは運転手である果南とそれ以外の8人が幼少期の姿で描かれる瞬間があったが、実は、これに類似した描写がもうひとつある。

それは、「The School Idol Movie Over the Rainbow」のクライマックス、9人が浦の星女学院の校門を閉じてから三津浜まで駆け下りてきたときのシーンだ。

ラブライブ!サンシャイン!! The School Idol Movie Over the Rainbow より
*以降クレジットのないキャプチャは同エピソードのもの

9人が三津浜にたどり着くと、千歌を中心に視点がぐるりと1周。あの紙飛行機を拾った千歌とそれを見守る8人が幼少期の姿で描かれる。Aqoursの9人は浦の星女学院に入ってからそれぞれが出会い、グループを結成したのだから、これは時間軸的にはあり得ないワンシーンだ。

「青い鳥が、あの虹を越えて飛べたんだから、私たちにもきっとできるよ!」

幼少期のメンバーが現れるこれらの描写に意味を見出すとするなら、それは「初期衝動」なのだろうと思う。

「輝きたい!」と願った初期衝動――それをいつしか離れて、Aqoursは学校を廃校から救うためとか、学校の名前を残すためとか、そういったシリアスで具体的な想いを背負うようになっていた。しかし、結成時にはもっとプリミティブで強烈な想いに突き動かされていたはずだ。

「でも、何も無いはずなのに、いつも心に灯る光」
「この9人でしかできないことが必ずあるって、信じさせてくれる光」
「私たちAqoursは、そこから生まれたんだ」

劇場版のAqoursが、虹のその先まで紙飛行機を飛ばすことができたのは、Aqours浦の星女学院の廃校やラブライブ!優勝、そして3年生の卒業というイベントを乗り越えて、もう一度「輝きたい!」という原点に戻ってくることができたからではないか?

また、「HAPPY PARTY TRAIN」のMVのラストで、伊豆長岡駅に帰ってきた果南がSLの汽笛を聞くことができたのは、メンバーそれぞれが持つ初期衝動が変わらず全員の心の中にあることを確信できたからではないか?

ここまで見てきたように、空を飛ぶ乗り物の登場や急に幼少期の姿に戻る演出など、現実的にはあり得ない描写を通じて何かしらの精神的なメッセージをアニメーションの視聴者に届ける手法のことを、わたしは『想像力の飛躍』と呼んでおり、特にラブライブ!サンシャイン!!においてはその飛躍の程度が甚だしいケースが相当数あるのではないかと考えている。

そして、何を隠そう、わたしはこの『想像力の飛躍』を感じさせるシーンがハチャメチャに好きだ。「強引に楽曲やモノローグの力で本来あるべき過程をすっ飛ばして本質的な結論へと強制的にジャンプさせられている」と思わされる瞬間が大好きで、もはやそういった飛躍ポイントがないと物足りないとすら感じる身体になってしまった。

その他の想像力飛躍ポイント

理解の促進のため、追加で2点ほど、わたしが想像力の飛躍を感じたポイント――言い換えれば個人的なラブライブ!サンシャイン!!最高ポイントを紹介する。

1期13話「サンシャイン!!」Bパート

色々と批判の多い話数で、わたしも正直シナリオがヘタなのでは? と思っているが、それはそれとして「MIRAI TICKET」のライブシーンの終わり方は最高だ。ステージの上から「輝き」に気づいた千歌が走り出し――

ラブライブ!サンシャイン!! #13 サンシャイン!! より

――ラブライブ!予選会場の扉を開いて駆け抜けるとそこは内浦の砂浜。リーダーたる千歌のモノローグでAqoursがなぜ生まれたのか、これから何を目指して走るのかを説明しきって第1期完。

普通に考えたらライブ会場の扉を飛び出したらライブ会場の外だし、ライブ中に演者がライブ会場の外に駆け出してしまってはいけないのだが、これは純度の高いラブライブ!なので、当然にライブ会場の扉を飛び出したら内浦の砂浜に繋がっている。文句を付ける余地などない。もう一度言うが最高だ。

2期9話「Awaken the power」ライブパート

Saint Snowの鹿角姉妹、Aqoursの黒澤姉妹、グループをまたいだ1年生同士など、それぞれがそれぞれのことを想う関係性を丁寧に追いながら1年生の成長までもを描ききり、表題曲「Awaken the power」のテーマ性もばっちりというシリーズ随一の「綺麗なラブライブ!」だが、ここではライブパートの演出をピックアップしたい。

My Chemical Romance「Welcome To The Black Parade」にも通じる静かなイントロから、理亜・ルビィのパートが終わって一気にテンポアップする流れの中、ライブステージとなった函館・八幡坂の路面や街灯が7色、いや11色の鮮やかな光に彩られる瞬間。

ラブライブ!サンシャイン!! TVアニメ2期 #9 Awaken the power より

それはスクールアイドルという概念が見せてくれた世界の輝きでもあり、センス・オブ・ラブライブ!としか言いようがない何かだ。

函館現地の風景を見た過去の経験もあり、ラブライブ!というファインダーを覗けば、モノトーンの石畳でできた坂道だってカラフルで魅力的なライブステージに変貌するということを身をもって"わからされ"た。

余談だが、Aqours 3rd LoveLive!において同曲が初披露された際、冒頭の理亜・ルビィパートで実写のカメラ映像を回転させ、アニメMVと同様の演出を再現しきったことにも度肝を抜かれた記憶がある。

おわりに

最後は雑多になってしまったが、2期第10話「シャイニーを探して」や「HAPPY PARTY TRAIN」のMVなどを引用しつつ、空を飛ぶ乗り物や幼少期の姿が描かれるシーンに対する解釈や、ラブライブ!サンシャイン!!が持つ『想像力の飛躍』について説明してきた。

拙くはあるが、ラブライブ!サンシャイン!!というアニメーションが持つ魅力の一端については言語化することができたのではないかと思っているが、いかがだろうか?

本記事で触れた要素以外にも、ラブライブ!サンシャイン!!には「異様に太陽光や海などの自然現象を大事にする」「舞台となった沼津という土地のポテンシャルが普通に高い」などのハマりポイントがあると考えているのだが、そもそもの趣旨が変わってしまうため、それらについてはまた別の機会に書くこととしたい。

沼津現地からは以上です。最後までお読みいただきありがとうございました。

* * *

ちなみに、ラブライブ!サンシャイン!!ならびにAqoursのプロジェクトは2023年現在も絶賛躍動中で、直近はスピンオフアニメの「幻日のヨハネ SUNSHINE IN THE MIRROR」が地上波放映およびネット配信中なのでどうぞよろしくお願いいたします。