FLYING

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とりとめのないこと

あんまり働いていないオレが言うのもおこがましいんだけど。

文化祭って難しいと思う。40人近くの人が集まって,ひとつのことに向かって同じ気持ちを共有しながら仕事を完遂するっていうだけでも難しいのだから,複数の企画がクラス内で動いている場合はなおさらのことだ。ひとつの企画に携わる人間が多すぎると,企画の方針がばらばらになってクラス内冷戦が起こってしまうし,逆に企画に携わる人間が少なすぎると,人数が足りなくてイベントが回らなくなってしまう。

べつに文化祭がつまらないって言ってるわけじゃないです。瞬間瞬間で言えば,楽しいときだってある。ただ,全体として見た時に,どうしても不満に思っている部分が表面に出てきてしまうだけのこと。たぶん,悪気がある人なんていないと思う。それぞれに自分のやりたいことがあって,文化祭で達成したい目標があって,そのために動いているだけ。

バンドでギター弾きたい人がいたり。
二郎っぽいラーメンを作って売りたい人がいたり。
みんなで何かを作って,ただ楽しみたい人がいたり。

文化祭という状況を楽しみたいっていう気持ちは同じなのに,目標がひとりひとり微妙に違っているせいで,どこかでぶつかってしまう。小さないがみ合いが起こってしまう。不満を露にしているわけじゃなくても,そういう雰囲気っていうものはどうしても空気に現れる。

所属してるクラスが嫌いってことではないです。むしろ好き。ときどき,こんなに楽しい場所に自分が居ていいんだろうか,って思ってしまうくらい。こんな非コミュで遅刻魔でやる気のないオレをも包んでくれるほどに,今居る場所はぬるくて居心地がいいんです。

小さなすれ違いがどうしても気になってしまうのは,自分自身がまだ子供だからなのか。でも,細かい不満を飲み込んで笑顔で振舞えるのが大人だというのなら,オレはもうちょっと,子供のままでいいかな,とも思うんです。

情報リテラシーのあるなしっていうのはつまり

中学校や高校の『非公式サイト』を個人の中傷に使うか,夏休み課題の共有に使うかっていうことだと思うんです。生徒全員にある程度の情報リテラシーがあれば,『裏サイト』もとい『非公式サイト』だって有益な道具になるはずなんです。

情報リテラシーというものは,学校で先生や教科書に教えられて身に付くものではなくて,2ちゃんねるで教えてクンな質問して叩かれたり,ネトゲであたまおかしい子に絡まれたりしている内にいつの間にか身に付いているものだと思うんです。インターネットをよく利用する人間なら,そこら辺のことは誰かに教えられずとも了解しているはずです。わざわざ言うまでもない当たり前のことなんです。

社会で生きる術を学ぶには,実際に社会に出て経験を積むしかない。「社会」を「ネット」に置き換えても同じことだと思うんです。

ニコメディアプレイヤーについて妄想

ニコニコ動画風にコメントを投稿/再生できる動画再生ソフト』なんてものを考えてみる。サーバー・クライアント型でもP2P型でもいいんだけど,動画ファイルのハッシュ値とその動画に投稿されたコメントを結び付けてネットワーク上に保存しておいて,動画の再生時には動画ファイルのハッシュを元にコメントをダウンロードして再生するっていうもの。

問題点を挙げてみよう。まず,完全に同一の動画ファイルじゃないと同じコメントを表示できないという点がひとつ。あと,動画の入手方法をユーザーに丸投げするのは著作権的にも使いやすさ的にもマズいだろう。前者の問題は動画ファイルをタイトルと再生時間の長さでidentifyすればある程度解決できそうな気もするけど,後者の問題を解決するには「動画の投稿/再生サービス」と「動画にコメントを付けるサービス」を同時に提供するしかない。でも,それってニコニコ動画そのものじゃね?

ひょっとしたら,ニコニコ動画が成功した原因は「動画にコメントを付けるサービス」と「動画を投稿/再生するサービス」を一緒に提供したところにあるんじゃないだろうか。だとすると,そのうちの「動画にコメントを付けるサービス」だけを提供しても成功は望めないように思える。ニコニコ以外の動画もコメント付きで再生したい!というニーズは確かにあるけれど,この世に溢れる動画ファイルの全てにコメントを付けられるほど暇な人は多くないし,何よりも動画ファイルを自力で手に入れるのが面倒すぎる。

というわけで,あれこれ考えてたら微妙な結論になってしまった。

個人的に調べておきたいこと

  • 動画再生(DirectShowとかそういうの)
  • 字幕表示(現時点では見当付かない)

P2Pでネットワークを構成するなら,分散ハッシュの仕組みが有効に使えそうだ。

ぐちぐちぐちぐち

キューイチ世代がすげー盛り上がっているところに水を差すようで悪いんだけども、自虐エントリ書く。

落ち込みますた

一言でまとめれば、キューイチ世代のはてなグループに登録申請してみたら周りがとんでもない人だらけで落ち込んだってだけのこと。凄い人ばかりが居るっていうのは元から分かっていたことなんだけど、立ち上がりだす(?)「キューイチ世代」を読んで、オレはどうしてこんなとんでもないところにノコノコ出て行ってしまったんだろうって言う気持ちが強くなってきた。あの独特の焦燥感というか、胸が締め付けられる感じっていうか。

P2Pを利用したSNSを独自に実装している人がいたり、3D系の技術をバリバリ開発している人がいたり、3人組で集まってウェブサービスを作っている人がいたり、id:gotto-sさんのように、おおよそ高校生とは思えないようなエントリを書いている人がいたり。そういう人を見ていると、果たして思うように文章が書けないくらいで悩んでいる自分は何なのか、ちょっとしたアプリの開発で躓いている自分にどれだけの価値があるのか、そういうどうしようもない考えだけがどんどん大きくなってきてしまった。

思えば、『epochまつやま』というプログラミング・コンテストに出場したときも似たような気持ちだった。id:Tnzkid:rosylillyid:lonlon2007を初めて見かけたのもそのときで、なんてバイタリティ溢れる人たちなんだろうと秘かに驚嘆しながらも、どこかで自分の臆病さに腹を立てていた。そのコンテストで優勝した人は、オレごときではとても追いつけないような数学的センスを持っていたし、同行した先輩にも周りの人間をどんどん引っ張っていくようなコミュニケーション能力があった。

プログラミングの能力ではぜんぜん足元にも及ばなくて、コミュニケーション能力も段違いで、オーラが見えそうなくらいにやる気があって、おまけに冗談やオタク的な趣味に対する知識でも勝てそうにない。そんな人たちの中で、果たしたオレにできることがどれだけあるんだろう。くだらない感傷ではあるけれど、どうしてもそういうことを考えてしまう。

あるいは、子供の頃に存在した根拠のない万能感が、ここに来てやっと折れてくれたのかもしれない。「オレなんかじゃ到底及ばないとんでもない人間が世の中には居る。」頭で分かっているつもりではあったけど、本当はまだ心の底で納得しきれていなかったのかもしれない。ずるずると引きずっていた中二病の欠片を、今になって脱ぎ捨てることができたのだろうか。

とりあえずまとめ

ここで愚痴を書き散らしたところで何が変わるという訳ではない。おそらく、自分の気持ちを整理する以上の意味はないだろうし、誰かが読んでおもしろいものではないと思う。むしろ、とんでもなく恥ずかしいエントリだから、できれば他人に見てほしくないくらいだ。でも、この燻っている気持ちを自分の中にとどめておくよりは、どこかに晒してしまった方が建設的であるような気がした。

逆に言えば、「キューイチ世代」にはオレのような大した取り柄を持たない人間でも取り込んでくれるくらいの包容力があるのかもしれない。もし、「キューイチ世代」のメンバーの凄さに立ちすくんで参加申請を躊躇っている人がいるのであれば、思い切っての参加を勧めたい。凄い人たちに囲まれることで初めて気付くこともあるし、そういったグループの中で得られる刺激は、おそらく普段の学校で得られるモノとは全く違うからだ。

「キューイチ世代」が幸せだったのは、物心付いたときには目の前にパソコンという世界に繋がる箱があったことだと思う。たとえあなたがミジンコ並みに普通な生活を送る男子高生*1であったとしても、パソコンを使えば少し普通じゃない集団とかなり普通じゃないことが生活が送れるかもしれない。「参加申請」ボタンを押すほんの少しの勇気が、ゆとっていた僕らを大きく変えてくれることを願っている。オレがキューイチ世代に託すのは、たぶんそういう思いだ。

いやー、しかし相変わらず長文書けねえなあ!

*1:もちろん、きゃぴきゃぴした女子高生の皆さんもぜひぜひ登録してください!

逃げ上手になることはむずかしい

マッチョなひとたちはいとも簡単に「逃げればいい」と言ってくれるけれども、実際に極限まで追い詰められている人間のなかには逃げるために必要な精神力まで剥ぎ取られ、ただただ耐えるしかない状況に陥っている場合もある。あるいは、そいつの頭の中には「逃げる」という選択肢すら存在しないかもしれない。そういう人が「逃げる」ためには、誰かそばにいる人間が「逃げる」という選択肢を提示してあげなきゃいけない。それでも本人に逃げる気がないのなら、無理やりにでも手を取って、何処かへ連れて行ってあげるしかない。もう彼らには自力で逃げるための精神力は残されていないんだから。
と、分かったようなことを言ってみるテスト。

ピュア型P2Pって言うけれども

WinnyにしろShareにしろ、結局初期ノードの配布は外部のウェブサイトに頼っているわけで、当然といえば当然なんだけど、サーバー不在のネットワークだけで完結することはできていないんだよなー。学校の課題研究でハイブリッド型のファイル共有ソフトを作ることになりそうだし、一時期話題になっていた「Winnyの技術」でも読んでみようかな。