初音ミクとオブジェクト指向
キャラクター性の継承という視点
もともと,初音ミクというキャラクターに与えられた情報はあまり多くない。それはたとえば,16歳という年齢だったり,緑髪ツインテールというビジュアルだったりする。しかし,普通のアニメのキャラクターと違い,その設定には多くの”ゆとり”がある。クリプトンが公開した初音ミクの公式設定は,極めて抽象的である。したがって,初音ミクを楽曲の登場人物とするためには,各製作者が自分なりの初音ミクの設定を考え,不足部分を補完しなければならない。
まるでオブジェクト指向で抽象クラスを継承して具象クラスを定義するように,楽曲の製作者は初音ミクに足りていない情報を適宜実装し,初音ミクという共通の名前を持った新たなキャラクターを作り出すのである。
こうして生まれた新たな初音ミクは,楽曲と併せてひとつの世界観を構成する。それぞれの楽曲の中に居るのは性格の全く異なるキャラクターであるにも関わらず,視聴者からは初音ミクという同じビジュアルを持ったキャラクターとして認識される。楽曲によって初音ミクのキャラクターが全く異なるということを,顕著に示しているのが次の2例である。
- 壊れかけの歌唱ロボットというキャラクターと『初音ミクの消失』
- 同級生に恋する女子高生というキャラクターと『メルト』
内容を考慮すれば全く違うキャラクターの楽曲として扱われそうなこの2曲が,同じ初音ミクというキャラクターを表すものとして扱われているのは興味深い。この”キャラクター解釈の多様性”は,当然のようにキャラクターが消費されていく昨今のコンテンツ市場において,大きなアドバンテージとなり得るのではないか。
二次創作の余地を残すということ
上記の文章は以前にmixiで公開したものなのだが,その際に『東方も初音ミクと同じような売れ方をしている』という意見を得た。つまり,初音ミクも東方も設定の少ないキャラクター性を継承しており,各消費者が足りない部分を補完した上で,他の消費者と新たなキャラクターのイメージを共有できるという特徴がある,というのである。
事実,東方とVOCALOIDと言えばニコニコ動画でも最も人気の高いジャンルであり,その流行は単なる一過性のものとは思えないほどに長続きしている。盛んにPVが制作され,今なおファンの多い『IDOLM@STER』シリーズをこれらの作品群に含めてもいいかもしれない。上から降ってくるコンテンツをただ消費するだけでは,このようなブームが生まれることはなかったはずである。
これらの作品群は従来の『涼宮ハルヒの憂鬱』や『けいおん!』などに代表される”消費されていくコンテンツ”とは一線を画していると言ってもよく,その原因にはここで述べた”二次創作の余地のあるキャラクター性”が大きく関係していることは間違いない。「一次創作者が語り過ぎないこと」「一次創作者が二次創作を許可あるいは黙認すること」そして「二次創作を気軽に公開・閲覧できる場所があること」。この3つが同時に成り立ったとき初めて,このような作品が生まれる土壌が完成するのではないだろうか。