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涼宮ハルヒの退屈(シリーズ第3巻)

涼宮ハルヒの退屈 (角川スニーカー文庫)

涼宮ハルヒの退屈 (角川スニーカー文庫)

「憂鬱」「溜息」は1巻全てを使って1つの話になっていたが、「退屈」は短編集に近い内容となっている。個人的には、憂鬱・溜息・退屈の中でも一番好きな巻。

「溜息」ではハルヒの図々しい面だけが際立っていた印象だけど、こっちではハルヒの良いところが描写されている。特に好きなのは本文pp.91の「……十六年か。長いなぁ」という嘆きと、本文pp.135のロゴをパソコンで描くハルヒのイラストなど。「ミステリックサイン」ラストのキョンの台詞、「やはりこいつにもあるのだろうか。一人でいるのは寂しい、と思うことが。」も、原作で読むと一味違った感慨を覚える。

アニメでは最後まで描かれなかった、キョンハルヒが出会うのきっかけになった3年前の出来事は、この巻の「笹の葉ラプソディ」に収録されている。何せ未曾有の情報爆発を引き起こすくらいだから、とんでもない出会い方をしたのかと思いきや、遭遇は案外淡白で、そこまで衝撃的というほどでもなかった。ただ、見た目とは裏腹に、ハルヒはこのキョンとの遭遇にかなりの衝撃を受けたのはきっと間違いないんだろう。

アニメと原作の相違点として、最も大きいのが「孤島症候群」の内容で、原作ではキョン妹は旅行についてこないし、ハルヒが怪しい人影を見ることもない。また、最後のネタバラし部分も原作だとそこまで詳しくは説明されていなくて、もちろん逆転裁判風の演出もアニメ独自のもの。そういう意味で、やはり原作を無視しない形であそこまでおもしろく仕立て上げた京都アニメーションの力量には改めて感嘆する。

はっきり言おう、アニメを見た人間が原作のハルヒシリーズを読む意味が出てくるのはこの「退屈」からであると。キャラクターそれぞれの魅力が引き出され始めるのもまた、この「退屈」からなんじゃないかなあ。